夕陽に赤い町中華

北尾トロ



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町中華の黄金期~
ワリバシは踊り、鍋は炎に包まれた
メニュー研究:「定番打線」と「三種の神器」が
奇跡の合体(1)

専門店化とは真逆の町中華ベクトル

僕が町中華のお手本だと思っていた、新宿区大久保の「中華日の出」には、壁の至る所にメニューが書かれ、その数は3桁に達していた。店主がひとりで調理する店にしては多すぎる数だ。内容も麺類、飯類、単品メニュー、酒のつまみ、洋食まで広がり放題。しかも、どんなメニューを頼んでも品切れということはなく、数分後にはテーブルにやってくるのだ。

材料に無駄が出ないように工夫していると言っていたが、このやり方はうまく回しても一定のロスが出る。それでもそのメニューが好きな人がいるのだから外したくない。フロアを切り盛りする女将さんの目線は、いつも大勢いる常連客に向いていた。そもそも、つまみメニューなどは最初からあったわけじゃない。常連客のリクエストで裏メニューとなり、その味が好評なため表メニューに昇格したものばかり。だから、どれをとっても旨かった。2016年、店主が体調を崩して突然閉店したときには、「大久保の太陽が沈んだ」と、ファンたちが嘆き悲しんだものだ。

在りし日の「大久保の太陽」。メニューがびっしり貼られている


そこまで多くなくても、メニュー数が50を超える店はザラである。町中華は一般的に、多彩な料理を安価で提供するスタイルを貫いてきた。いや、そうするしかなかった。新しい食のジャンルとして頭角を現してきたのが戦後の混乱期から昭和20年代ということもあり、スタート時から庶民的な食べ物屋だったからだ。

高級路線に転換したくても、中華の世界には戦前からの「中国料理」というジャンルがあったため、うかつに近寄れない。ラーメンを中心にメニューを絞り込む店もあっただろうが、大半の店は客の要望に応える形で間口を広げ、メニューを増やすことで新しい客層をつかもうとしてきたのだと思う。

そうこうするうち、より本格志向のラーメン専門店も表れたため、安い、早い、なんでもある、味はソコソコという路線が町中華に定着。現在に至るまでその傾向が続いている。

僕たちは味に満足すると「旨い」と言うが、ラーメン専門店で食べたときの「旨い」と、高級中華料理店での「旨い」、町中華での「旨い」は微妙に違う。専門店では独自性やこだわりが評価のポイント。高級店では素材の質や凝った調理法、非日常的な味への満足感だ。

対して、町中華で求められるのは、安定感であり、日常的な満足感である。そんなに大きな期待もなく入店し、ありふれたものを頼み、スポーツ新聞片手にチャッチャと食べて店を出ることができたら十分合格点が出せるくらいのちょうど良さ。いちいち感動したりして、心を揺さぶらるようなものは日常食とは言えない。食べたそばから味を忘れるような、どうってことない感じこそ理想的だと思う。各家庭で味噌汁の味が異なるように、町中華も店ごとに味が違っていて、それぞれにファンがついている。それでいいのだ。

とはいえ、町中華を町中華たらしめているメニューはあるだろう。そこで、本稿ではおなじみの食べ物が、町中華においてどんな位置づけになっているかを考察してみたい。前述のように、町中華はその歴史の中で扱うメニューを増やしてきたわけだが、一方で消えていったものや定着し損なった食べ物もあるはずだ。いま我々が店でよく目にするものは町中華メニューの勝ち組なのである。景気のいい時代やバブル崩壊後の長い不況をくぐり抜けた実力派たちなのである。

いや、力だけではなく運も強かったのだろう。あなたは、かつてまずまずの確率でメニューに入っていたチキンライスがほとんど消えてしまっていることを知っているはずだ。チキンライスは実力不足か。そんなことはない。全盛期には亜流としてのポークライスも生み出したほど人気があった。しかし、いまではチキンライスに卵を巻きつけたオムライスにその座を奪われ見る影もない。

だから、いま現在、多くの店で食べられているメニューは、それぞれが勝ち組と言ってもいい。町中華が衰退期に入っていることを考え合わせると、この先画期的な動きもなさそうだ。

だとすれば、いまの定番こそが、紆余曲折の末にたどり着いた町中華メニューの完成形なのかもしれず、検討に値するテーマだと言えるだろう。

最強打線の主軸はなんだ

町中華には突出した看板メニューをもつ店も一部あるが、だいたいは定番の主食メニュー、単品のつまみ系、定食で人気のもの、濃厚でガツンと来る料理、対してあっさりした風味のものなどがバランス良く配置され、客の好みに幅広く対応できるよう配慮されている。それというのも常連客に支えられているためで、そうした客にはひとつのメニューだけがおいしい店では飽きられてしまう。客の空腹レベル、季節なども加味され、そのときの気分にフィットするものがチョイスできるかどうか、総合力が問われるのだ。

唐突だが、話をわかりやすくするため、核となるメニューで打線を組んでみよう。野球では、一番から九番まで、九人のバッターを並べて相手チームのピッチャーに挑む。足の速い選手、打力は弱いが守りの要として外せない選手、ホームランバッター、意外な場面でヒットを打つ曲者バッター…。単純に強打者から順に並べるのではなく、効率的に点を取るために最適と考えられる流れを作り、個々の選手という“点”を、つながりのある“線”にするのだ。

町中華をひとつのチームとすれば、個々のメニューは選手である。種類が多くてどれも大切なものに思えるが、多くの店を食べ歩くうちに、町中華にとって欠かせないメニューがどれなのかわかってきた。

なぜ多くの店にそれがあるのか。人気があるから、旨いから。でも、本当にそれだけなのか。違うと思う。我々が見ているメニュー表は、町中華界が数十年かけて築き上げてきた、飯・麺・単品・定食などで構成されたチームの所属選手のようなもの。そして、たくさんある食べ物の中に、町中華の根底を支えるレギューラーメンバーたちが潜んでいるのだ。

たとえば、壁の短冊を眺めているうちに、なんだか食べたくなって「五目餡かけ炒飯」を注文したとしよう。我々はそれを心の底から食べたくて注文したのだろうか。2つ隣の「炒飯」や、すぐ隣の「五目炒飯」との比較検討から選ばれたのではないだろうか。その根底に「今日は炒飯かな」という気分が横たわっているとしたら、「五目餡かけ炒飯」は「炒飯」というレギュラーメンバーの背後にいる選手だと言えるのではないだろうか。

あるいは「炒飯」な気分だったはずが「ピリ辛味噌ラーメン」を頼んでしまう場合もある。「炒飯」中心にメニュー表を眺めているうちに気が変わったのだ。「飯」から「麺」へのダイナミックな路線変更である。それは思いつきのように見えて、じつは一通りメニューを見ているうちに「ラーメン」軍団に心を奪われた結果であり、「ラーメン」の中でも濃厚な何かを心が求めた末のギリギリの選択だったのではないか…、ギリギリって何だかわからないが、とにかく「ピリ辛味噌ラーメン」は「ラーメン」や「炒飯」という主力メンバーがいてこそチームの中で存在感が持てる選手なのである。

「ラーメン」や「炒飯」以外にも主力メンバーがいて、切磋琢磨しながら存在感を競い合い、これがダメならこっちへどうぞと客をリードしていく。その周辺に「五目餡かけ炒飯」や「ピリ辛味噌ラーメン」みたいな個性派がいたり、オールドファンの目を引く五目そばがニラミをきかせていたりする。脇役陣もそれぞれ魅力あるメニューだが、個々にとらわれていると全体が見えなくなる。そこで、ここでは心を鬼にして九品目に絞り込み、町中華打線を組んでみようと思うのだ。

1番バッターに求められるのは出塁率の高さ。これは餃子だ。人気という点では誰も異存がないだろう。僕が訪ねた店で餃子を扱っていなかったのは、シュウマイに力を入れている店と、店主がニンニク嫌いの店しかない。餃子もシュウマイも手作りするには手間がかかる。餃子は先輩選手のシュウマイを押しのけて不動のレギュラーの座を獲得した選手なのだ。ビールと相性が良いかと思えばご飯も進み、セットメニューで「餃子3個付き」みたいな提供もされ、柔軟さでもピカイチだ。満員の店を眺めれば、まず確実に餃子を食べている人を発見できるだろう。ラーメンだけではちょっと寂しいようなとき、つい「あと、餃子ください」と声が出てしまう。店にとって、ついで効果を発揮する商品の存在は貴重だ。

つまみに良し、ごはんの伴に良し


2番には、店による当たりはずれが少ないもやしそばを抜擢したい。地味にコツコツ当てていくといいますか、大ぶりをしない確実さが2番向きだ。町中華慣れしたオヤジからの信頼も厚いもやしそばは、淡白そうに見えるが餡かけタイプが多く、ねちっこいところと腹持ちの良さを兼ね備えている。まさにオヤジテイストなのである。

なかなかさめないところがまた魅力


クリーンナップは迷いに迷った。何を重視するかで打順が変わってくるのだ。野球の場合、一般的に3~5番といったら勝負強くて長打力があるチームの中心だろう。でも、それだけでもない。スター性も欲しいし、チーム生え抜き選手であって欲しかったりもする。僕の選択基準は「これがない町中華は考えにくい」という定着感だ。

3番には、味においてはパンチ力で飯メニューを引っ張り、チーム内の位置づけにおいては4番の登場をお膳立てするチャンスメーカーも買って出る器用さを持つ炒飯を選んだ。炒飯のない町中華はまずないといっていい。ご飯がしっとり系、パラパラ系の2系統があり、具材も店によって違いがある。オールドタイプの店ならグリーンピースが真ん中に載せられ、端っこに紅生姜が添えられ、見た目も鮮やかだ。あと、これは個人的な意見だが、町中華で出てくる小さな器のスープがありますね。あれがもっとも似合うのは炒飯ではないかと。

4番バッターは中華そば。ラーメンである。町中華のあけぼの時代から店を背負ってきた大ベテラン。ラーメン専門店の出現以降、人気の面では3番の炒飯に一歩譲る面もあるが、看板選手としての重みでは、炒飯は永遠にラーメンを超えられないだろう。町中華店の外観を思い浮かべてみてほしい。看板やのぼり、のれんに掲げられるのは圧倒的に「ラーメン」ではないか。これなしに町中華は語れないのに、そんなことを忘れて気軽に頼んでしまうあたりも素晴らしい。おまけに値段も安い。その店でもっとも低料金な主食メニューはたいていラーメンである。セットメニューにも欠かせないし、飲み中華では〆の一杯で胃袋を満たす。まさに万能選手。古くはラーメンライス、近年になると半チャンラーメン(炒飯とのセット)という画期的メニューで中心的役割を果たし、名球会入り確実な重鎮である。

定食で強さを発揮する野菜炒め定食を5番打者に推薦する。もちろん異論はあるだろう。回鍋肉のほうがパンチがあるんじゃないか。いやいやレバニラ炒めだって定食の常連だよ。わかる。しかし、若かりし日々にこのメニューの世話になり、不足気味だった野菜を補えたと安心した人はたくさんいると思う。僕も結婚するまではそうだった。人の心を癒やす点において、町中華で野菜炒めを上回るものはない。ここは野菜炒めとさせていただきたいのである。

注目の下位打線、そしてDH

下位打線には、これがないと物足りないというような、町中華らしい個性を持ったメニューが目白押しだ。

6番はクリーンナップで得点した後、新たなチャンスを生み出す役割がある。ツボにはまれば1番バッターより長打力があり、「炒飯」「ラーメン」「野菜炒め」とは異なる味もそろそろ欲しい。ということで、飯を卵と餡かけで二重に覆う天津飯はどうだろう。好みの分かれるところながら、子どもから大人にまで愛され、ないと寂しいメニューである。シンプルなだけに米の質、卵で使う油、餡かけの甘辛さ、どれひとつしくじっても美味しさが激減する危険さを秘めている選手が天津飯だ。

7番を務めるのはタンメン。たくさんの野菜と塩味のスープ。化調に頼らずともいいダシが出る。これのない町中華はもぐりと決めつけたいほどのマストアイテムだが、性格がおとなしいので下位打線で気楽に打たせたい。持ち味は抜群の安定感。普通に作れば好みの差こそあれ失敗作はないはずだから、タンメンがマズいと感じたら、アナタとその店は相性が合わないのだ。

そして8番に控えるのがやきそばだ。もっと上位でもいい気がするが、こういう曲者が下位に欲しいのだ。ソースやきそば、塩やきそば、かた焼きそばなどアレンジが効いて、攻撃のバリエーションを増やしてくれる。そんな焼きそばの惜しいところは、町中華イメージがやや薄いことだろうか。どうしても縁日の屋台に負けてしまうのである。

ラストの9番は中華丼。1番につなげれば大きくチャンスが広がりそうだからフォアボールでもなんでもいいから塁に出たい。その点、中華丼は中華そばと並び、メニュー名に「中華」がつくベテラン選手。野菜をたっぷり使うだけじゃなく、餡かけの魅力をストレートに伝えることができる。また、油断すると舌を火傷する暴力的なまでのアツアツ感は、調理の手早さと配膳の手際の良さを強く印象づけ、店の総合評価アップに貢献するのだ。もともとはスタッフの「まかない飯」だったようで、言われてみれば八宝菜をチープにしたような感じもする。もしも中華丼は地味すぎると思うなら八宝菜もアリだろう。

DH(指名打者)は季節商品の冷やし中華で決定。町中華で提供されるのは味が濃く、スタミナがつきそうな料理がほとんど。冬場はそれがありがたいが、夏はものすごく暑苦しく、つけ麺だけでしのぎ切れるものではない。集客的にも、夏は苦しい時期だ。そのウィークポイントを補い、女性客まで引き込んでくれるのが冷やし中華なのである。通年出す店もあるが、個人的には気温が25度を超える頃に登場し、秋口に去っていくほうが風情があって好きだ。

華やかなルックスも女性客を惹きつける


うーん、強力打線だとは思うが、ちょっと若さに欠けるメンバーだ。昭和の頃と何も変わっていない感じがする。そうか、そこにこそ新しいスター選手が育ってない町中華の現状が反映されているのか。

ちなみにこのチームにピッチャーはいない。町中華の店主たちに生きのいいボールを投げ込んでくるのは、そこを訪れる客だからである。店主たちはいつもその球を懸命に跳ね返してきた。安くて量があってわかりやすい味で。またきてくれることを願い、バットを短く持って。

だがしかし、これで終わりではないのである。町中華には、こんな食べ物はなぜここに、とアタマを抱えてしまうメニューがある。町中華探検隊内で「三種の神器」と別格視されている奇妙な一群だ。
(後編につづく)

北尾トロ(きたお・とろ)
ノンフィクション作家。1958年福岡県生まれ。2010年にノンフィクション専門誌『季刊レポ』を創刊、15年まで編集長を務める。2014年より町中華探検隊を結成。また移住した長野県松本市で狩猟免許を取得。猟師としても活動中。著書に『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』(文春文庫)、『欠歯生活』(文藝春秋)、『恋の法廷式』(朝日文庫)、『いきどまり鉄道の旅』(河出文庫)など多数。共著に『町中華とはなんだ』(立東舎)などがある。最新刊は『猟師になりたい!②』(角川文庫)。



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