女子中高生を震撼させている予防接種の実態に迫る 子宮頸がんワクチン問題を追う

 

第一回 「お母さんがいなくなった」

自分の名前すら分からなくなった高校生

2014年6月11日


札幌駅からJR函館本線を「L特急スーパーカムイ」で35分だけ北上する。かつて道内有数の採炭地として栄えた美唄(びばい)市も近年は活気がない。最盛期には9万人を擁した人口が、現在は2万6千人にまで減ってしまっている。

佐藤美也子さん(1973~)に会った。さる2月に全国子宮頸がんワクチン被害者連絡会の北海道支部を立ち上げた人だ。この春高校2年生になった長女が、昨2013年5月に「ガーダシル」の接種を受け、以来、凄まじい症状に苦しみ続けている。

「つい最近、児童相談所を通じて道の療育手帳が交付されたんです。A判定でした。国からの特別児童扶養手当もそれまでの『中度の知的障害2級』から、『重度の知的障害1級』に変更されました。IQ(知能指数)は40程度なのだとか。高校にはちゃんと合格しているんですから、これは入学後に打ったワクチンのせいだってことですよね。

学校には私が毎日送迎して、なんとか頑張って通っているんですが、1年生の間はかなりいじめられていたようです。『あいつ、おかしくね?』なんてニタニタ笑われたり、頭痛がひどいと知っているのに、すぐ横でロッカーの扉を思いっきり閉められたり。進級してからはずいぶん強くなったみたいですけれど。

うちの子は私がお母さんだということさえ、よくわからなくなっちゃったんですよ。よく『お母さんがいなくなった』『だから探してるの』と言ってます。先日も、『今日は母の日だよ』と水を向けてみたんですが、キョトンとしてました」

努めて淡々と話す佐藤さん。本人はこのところ最悪の体調だそうで、会うことは叶わなかったが、彼女自身の手になる症状一覧のメモを読むことができた。すべて平仮名で書かれていた。

佐藤さんがHPVワクチン接種に関する最初の案内を受け取ったのは、長女が中学3年生のときだった。市の保険センターからである。任意だというのでネットで調べると、重い副反応が疑われている国内外の情報がたくさん見つかり、怖くなって接種を見合わせた。

4月新年度になって、また通知が来た。予防接種法の改正でこのワクチンが定期接種になった事実とともに、「昨年度接種されなかった皆様に再度ご案内をいたしますので、高校1年生までの間に必ず接種をしてください」(太字引用者)と強調され、集団接種の日程が示されていた。「接種が義務化されたということかしら」と考え、確認しようとセンターまで出向いてしまったことが、佐藤さんには悔やまれてならない。

「絶対に受けなくてはいけないのですか」
「定期接種の対象は高1までなので、受けてください」

センターにあった対象者名簿には、長女の名前も記入されていた。思わず予約して、迎えた接種当日――

長女の体調はよかった。注射は大して痛くなく、痺れもないと、接種直後の彼女は話していたが、15分ほどで異変が起きた。

「激しい頭痛、接種した腕の痛みと痺れ。呼吸が苦しくなったとも言いました。現在に至るまで、それらは途切れたことがありません。日を追うごとに症状が増えていく始末です。全身が痙攣(けいれん)したり、反対に脱力して、軟体動物のようになったり。立つのも歩くのもままならなかったり、意識が突然なくなったり、40度近い高熱と平熱を1日のうちに何度も繰り返したり。本人の意思と関係なく体が勝手に動く不随意運動もしょっちゅうです。今よりは症状が軽かった頃には、自転車通学の途中で自動車と接触事故を起こしたこともあります。ブレーキを握る手に力が入らなかったそうです。

定期接種というのは受けなければならない義務ではなく、努力義務でしかないことがわかったのは、後々になってからなのですよ。保険センターの方はどうしてあのとき、そう言ってくれなかったのか。

でも最終的に予約のサインをしたのは私なんですよね。しなければよかったのに」

と佐藤さん。長女を連れて、これまでに10カ所近い病院の脳神経外科や神経内科、内科、産婦人科、眼科、麻酔科、リハビリ科などを回った。

「どこも酷いものでしたけど、最悪だったのは札幌医大病院の神経内科です。椅子にふんぞり返ったドクターが、『わかんない』。不随意運動や痙攣を起こしたときの動画を見せても、『演技です。精神科に行けば』でしたからね。娘が私のことがわからなくなったのも、去年の夏に検査入院してからなんですが、それさえも『よくあること』なんですって。どうしてそんなことまで言われなければならないの。

何でも『心身反応』で済ませる厚労省みたいですよね。最初から決めつけてくる。さすがは厚労省が患者に受診を呼びかけている指定病院ということなのでしょうか」

“気のせい”などでは断じてない。ようやく巡り合った良心的なドクターに、「脳内の炎症は一刻の猶予もない状態だ」と言われた。頭部のMRIで記憶を司る海馬に萎縮のようなものが確認された。髄液中から検出した、中枢神経系における高次脳機能を担う分子に対する自己抗体が、とんでもない数値を示してもいる。

それで当面の治療方針が定まったことが一筋の光明ではある。いつの日か根治するのかどうかもわからない。とにもかくにも脳神経の細胞が死滅してしまわないうちに、あらゆる手立てを尽くしたい――

覚悟を決めた佐藤さんには、思いを共有する家族がいる。心強い応援団もいる。

北海道議会議員で自民党北海道支部連合会幹事長の柿木克弘氏(1968~)だ。道連はもちろん、道議会にも働きかけて、佐藤さん母娘のような立場の人々に対する早期の救済措置や治療方法の確立を国に求める働きかけに労を惜しまない。国会議員との意見交換を急いでもいる。

「ワクチン反対を叫んでいるわけではありませんよ。今はただ、佐藤さんのお嬢さんのような子たちを元に戻してあげることが最優先です。あとはその先の問題だ。

ただ、私自身は子宮頸がんワクチン推進の動きが始まった頃から、疑問を抱いてはいました。だって国の政策で小学生や中学1年生に接種して、だから明日からエッチしても大丈夫だよ、なんていうのはおかしいじゃないですか。医師会の方にそうお話ししたら、『ナンセンス!』と言われましたがね」

柿木氏は政治家としての職業倫理だけで動いているのではない。美唄市から選出されている彼が初めて佐藤さんに会ったのは昨年10月。市役所や学校の対応などについて相談に乗り、支援を進める過程で、こんなことがあった。

「地元のマスコミにも協力を求めました。あるテレビ局が大きく取り上げてくれることになり、でもこれは結構リスクの高い報道になりそうだからと、11月のある夜、美唄にある私の事務所に佐藤さんにも来てもらい、事前の打ち合わせをしたんです。彼女は娘さん本人も連れてきた。たまたま体調がよかったらしいんですね。

そうしたら大変なことになった。9時頃に全身の痙攣が始まって、意識がなくなってしまったんですよ。あのあたりの病院はみんな行ったし、どうせ“気のせい”にされるだけだから、救急車は呼びたくないと、佐藤さんは言う。ご自宅まで送ろうにも、私の事務所は2階にあるので、へたに担いで転げ落としでもしたらと考えると、それもままなりません。

まるで悪魔に取り憑かれでもしたような感じの激しい発作が、そのまま朝の6時まで続きました。それでやっと目覚めて、『ここ、どこ?』と言ったかと思うと、また意識を失った。でも今度は脱力してるから、抱きかかえて階段を降り、車に乗せることができたんです。

一緒に行動していく決意を固めたのはこのときです。実は私にも同い年の娘がいる。見て見ぬふりをするなんてことが、できるわけないじゃないですか」

HPVワクチンの接種勧奨が再開されるのか否かは、目下のところ、きわめて流動的である。今国会の会期末がひとつのヤマ場になりそうだと言われる。
(つづく)

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第一回:「お母さんがいなくなった」

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プロフィール

斎藤貴男(さいとうたかお)
ジャーナリスト。1958年、東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業。英国バーミンガム大学修士(国際学MA)。新聞記者、週刊誌記者などを経てフリーに。著書は『機会不平等』(文春文庫)、『強いられる死 自殺者三万人超の実相』(河出文庫)、『いま、立ち上がる―大転換に向かう“弱肉強食”時代』(筑摩書房)、『経済学は人間を幸せにできるのか』(平凡社)、『消費税のカラクリ』(講談社現代新書)、『民意のつくられかた』(岩波書店)、『戦争のできる国へ 安倍政権の正体』(朝日新書)など多数。『「東京電力」研究 排除の系譜』(講談社)で第3回「いける本」大賞受賞。